雑記

その「節電」は必要ですか?

投稿日:2014年12月24日 更新日:

photo credit: armadillo444 via photopin cc

冬のイルミネーションが全国各地で楽しめる今日この頃です。東日本大震災後の節電ムードは(一部の地域を除いて)すっかりなくなりましたね。

電気代が上がるのは不満なのに電気は使う。

これってヘンじゃない?



LEDならいいの?

最近のイルミネーションにはLEDが使われていますね(全部じゃないだろうけど)。今から30年以上前の中学生時代に電子パーツショップで1個70円の緑色のLEDを買うのに悩んだ頃が懐かしいです。赤色LEDは60円でした。

LEDは従来の電球よりも消費電力が少ないそうですね。寿命も長いらしいですね。節電にはもってこいですね。

でもなんかおかしいです。

消費電力が少ないから、節電になってるから原発が止まって老朽化した火力発電所使ってるご時世に光光とイルミネーションとかやっていいってわけですかね。それってどうなの?

原発反対、電気料金の値上げ反対と言いながらクリスマスのイルミネーションを見に出かける人に文句はありません。夜の明かりは不思議な安心感を与えてくれます。光を見ていると幸せな気分になることもあります。なにかと不安な世の中だからこそクリスマスのイルミネーションに安らぎを求めるのは間違った行動ではないと思います。「節電がー」といって暗闇で暮らすよりも、明かりから安堵感を得る方が精神衛生上もいいでしょう。イルミネーション大賛成です。

どこまで使ったらムダ?

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問題はどこまで使ったら無駄使いか?ということではないでしょうか?

この「どこまで」の定義が人それぞれだから「これくらい良いんじゃね?」とか「それは無駄」といった不毛な話になるわけです。かつてRCサクセションの忌野清志郎さんが原発に反対する歌を歌ってました。原発は危ないから欲しくないというメッセージを電気で奏でるエレキギターを弾きながら歌ってました。これ、矛盾すると感じる人もいるでしょう。でも私はアリだと思います。

電気は必要です。電気があるおかげで助かる命もあります。それは医療機関だけに限った話ではなく、イルミネーションや音楽から前向きに生きる勇気をもらう人がいるからです。その電気の必要量に際限はありません。

電気はジャンジャン使えばいいんです。それで幸せな生活ができるなら。どこまでなんて考えなくていいです。

LEDに替えた?そんな小さなこと言ってないで白熱球でもハロゲンランプでもジャンジャン使えばいいじゃないですか。消費量が増えれば生産方法の改善も進むでしょう。売れる市場なら参入する企業も増えて競争が激化します。開発も進みます。価格も安くなります。いまの原発じゃ間に合わないくらいみんなで消費すればいいんです。そうすれば核融合炉の開発だってもっと進むでしょう。蓄電のために常温超電導の開発だって進むんじゃないですかね。

核融合炉なら海水から電気が作れます。原料の重水素は海水から取れます。少ない原料から強力な電気が生み出せます。バック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンができます。(タイムトラベルは別の問題)

常温超電導が実用化されたら電気ロスがゼロのバッテリーができます。モーターの消費電力も少なくなります。デロリアンは電気自動車になります。

photo credit: Sascha Grant via photopin cc

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誤った節約

東日本大震災以降、電気をLEDに代えたり、明るさを必要としない通路の蛍光灯を減らした自治体や病院、企業は多いですよね。不要な電気を消すのはいいことです。無駄遣いはしちゃいけません!と親から教わった人も多いでしょう。でも必要な電気まで消してしまうのは間違いです。そのような節電に意味はあるのでしょうか?

節約することで失っているものがありませんか?

コピー用紙の裏紙使ってプリンターに詰まらせたりしてませんか?

誤った節約してませんかね?

中途半端な節約は豊かさを失います。節約している状態は豊かじゃないです不幸です。豊かになりたいですよね?だから頑張って働いているんですよね?これ、お金だけの問題ではなくてココロの問題でもあります。必要なものまで削って節約するのは精神的にも良くないです。

中途半端な必要性は中途半端なものを生む

中途半端な必要性では中途半端なものしか生まれません。化石燃料依存から脱却するためにエタノールを燃料にした車を作るのと一緒です。原材料の穀物(トウモロコシなど)が高く売れるようになったから貧しい国では山を焼いて畑作って空気を汚しています。地球規模でみればなんともおかしな話です。焼き畑が増えるなんて想像できなかったのかもしれません。

あるなら使えばいい。無ければやめればいいんです。使えそうだから使ってみようという中途半端な考えが許されるのは実験段階までです。実用してはいけません。

さいごに

消費が活発になれば経済は活性化されます。その流れの中で付加価値が生まれ享受して豊かさを感じて幸せになれます。誤った節約は幸せが遠のくだけです。必要ならイルミネーションでもライトアップでもどんどんやって電気使いましょうよ。幸せ感じましょうよ。

それではまた。

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ケンちです。約20年ほど写真業界にいました。いまはIT系企業で主にITとは関係ない仕事をしている普通の人です。Twitterによく出没しています。