雑記

おとなの通知表

投稿日:2016年6月26日 更新日:

子どもが学校でもらう通知表。

成績表や通信簿など、いろいろな呼び方がある白い紙。

受け取るときは、嬉しいような、残念なような、親が見たら何て言うだろうと不安になる、あのちょっと厚みのある白い紙。

大人になるとあの白い紙はもらえなくなるけれど、これって通知表と同じじゃないかな、と思った出来事があった。



異動という名の受験と卒業

それは以前勤めていた写真業の会社で、部署の異動が決まったときのこと。

一般人(アマチュア)がメイン顧客の部門から、広告代理店やプロカメラマン、デザイナーなどの法人(プロフェッショナル)がメイン顧客の部門への異動があった。

写真店に勤務していたころは、数十店ある店舗を定期的に異動していた。地理的に範囲は広かったけれど、それでも同一部署だったので店同士の横の繋がりは強かった。スタッフ同士の仲間意識も強かった。

しかし今度の部署は違う。同じ会社とはいえ、アマ部門とプロ部門は接点がない。交流もない。私の異動が決まったとき、現場の仲間の感覚では退職して別れるのに近いものがあったらしい。

私自身は、同じ会社だし、会おうと思えばいつでも会える、という感覚だった。まあ実際は行き先の部署の仕事のプレッシャーが大きすぎて、深く考える余裕がなかった。

アマチュアとプロフェッショナルでは

使う言葉が違う

注文の出し方が違う

質問の性質が違う

知識のレベルが違う

金銭感覚は桁違いに違う

同じ「写真」でも世界がまったく違うのだ。

私は新卒の若者ではない。だからお客様も容赦なく注文を出してくるだろう。あたりまえのように聞き慣れない言葉を発してくるだろう。お客様へ適切な提案ができるだけの知識も必要だった。勉強しなければ。プロの世界の勉強を。それと同時にアマチュアの世界の引き継ぎ業務もしなければいけない。

異動が決まってからの毎日は、予習をしながら過去問題を解く、まるで卒業を控えた受験生のようだった。

通知表をもらう

先行きの不安を埋めることに忙しかったある日、同僚が飲みに行こうと誘ってくれた。この部署を離れるまえにちょっと飲んで昔話でもしようと。軽い送別会だと。

交流がない部署に異動したら会話の機会も減る。せっかくの誘いなので引き継ぎの連絡も兼ねて飲みに行くことにした。

その後、まさかの展開が待っていた。

同僚に案内されて行った店で座敷に案内された。

そこには各店舗の仲間が待っていた。電車を乗り継いて遠くから来た人。数年前に担当しただけで、電話でしか連絡を取ってなかった人。社員、パート、アルバイト。いろんな人がいた。

「あれ?え?」

こんなにたくさんの人が来ていたなんて予想もしてなかった。

私は上手に喋れないし、付き合いも下手だ。失礼な言葉で仲間を傷つけたこともあった。それでも働きやすい環境を作ることや、お客様に喜んでもらえるように、自分なりに努力してきた。その結果が成功しているのか、失敗しているのか、そのときにはわからなかったけれど。

なにかが報われた気がした。

「頑張ってね」と声をかけてくれる仲間に感謝した。

そして綺麗な花束をいただいたときに思った。

ああ、これって『通知表』みたいだなぁ、と。

「よくできました」のかたち

たまたま気の良い仲間に恵まれたのかもしれない。

みんなとても良い人たちだったから。

今まで出席した送別会を思い返してみると、その規模やカタチは人それぞれだ。もちろん義理で参加する人もいるだろう。ただ単に飲めればいいという人もいるだろう。

でも、私にとっては送別会を企画してくれたことだけでもありがたかったし、そういった心遣いをしてもらえる仕事や付き合いがしてこれたのかなと思った。努力が実になった気がした。

よくできました

自画自賛なのだけれど、自分で自分に花のスタンプを押すイメージをしてみた。

その後、新しい部署で数年過ごした後、会社を辞めることになった。このときも店の仲間たちは送別会を企画してくれた。交流も少なくなっていたのに。

人生で最高の通知表をもらった気分だ。

たいへんよくできました

日々の通知表

もしかしたら、毎日の生活のなかでも『通知表』をもらっているのかもしれない。

誕生日や、母の日、父の日などで「いつもありがとう」という感謝の言葉がもらえたら、それは「よくできました」の通知表と同じじゃないかな。

お客様からいただく感謝のことばも同じだと思う。友人、先輩、後輩、見知らぬ誰かでも同じだ。

自分の行動の結果は、必ず何かしらのカタチで返ってくる。

誰かに何かを言われなくても、自分を信頼してくれる友達ができたら、それは「よくできました」だと思う。

子どものころは、学校で紙の通知表をもらっていたけれど、大人になると紙ではなく、気持ちや行動でもらえる。

それは見えないけれど、何もしなければもらえない。

感謝の言葉をもらえたときに、または信頼できる仲間ができたときに、ポンっ!と花まるのスタンプが押されるイメージをしてみると、通知表の成績が良かったときの嬉しさが蘇ってくる。

毎日を忙しく過ごしていると忘れてしまうけど、誰にでもそんなスタンプがたくさん押されているのかも。

さいごに

成績なんて気にせずに、自分自身が納得できる生き方ができれば良いと思う。他人の評価を気にしすぎるのも良くないと思う。

でも、通知表をもらうと自分の頑張り具合が見えてくる。

現実には「がんばりましょう」の評価が多いのかもしれないけれど、誰かから感謝の気持ちを感じたら、「よくできました」と自分にスタンプを押してもいいと思う。

もう通知表をくれる先生はいないのだから。

自分で自分に「よくできました」と評価してもいいんじゃないかな。

もちろん「がんばりましょう」もね。

それではまた。

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ケンちです。約20年ほど写真業界にいました。いまはIT系企業で主にITとは関係ない仕事をしている普通の人です。Twitterによく出没しています。